5月になって
愛知県ソフトボール協会尾張支部長
全尾張ソフトボール連絡協議会会長
岩田 満
 
 初夏の日差しを受け止めて、テッセンの花がまぶしい。白花と紫花が驚くほど密に、垣根を覆っている。テッセンは、品種改良をした四季咲きの園芸品種を指してクレマチスと呼ぶ場合もあるようだ。鉄の線のように細く強じんなつるに咲く大輪のクレマチスは、そのきっぱりとした潔さが人をひきつける。
 それにしても雨がよく降る。台風の直接の影響はなかったものの、前線が北上しての雨。「まるで梅雨のよう」というあいさつが交わされるほど。「走り梅雨」だ。ことし五月の雨量は記録的だ。
 このためいろいろな大会が影響を受けた。江南市の日本女子2部リーグ第1節も、1日待ったが残念ながら3試合が流れ、次節以後に繰り延べとなった。幸い大会は盛況でどの試合も面白かった。これは、このリーグが1部と2部の狭間で各チームの実力が伯仲しているのかも知れない。あえてチームに苦言を申し上げるなら試合が大雑把で、特にデフェンスが甘く簡単に逆転を許しているケースが目立った。上部リークに上がってもこのデフェンスの甘さは命取りになる。
 県大会、尾張大会も雨にたたられ、主管協会、連盟、審判、記録の皆さんを煩わせているし、チームの皆さんのご苦労は大変だと思います。これからも雨の多い季節、影響が無いとは思えません。ただ、暖かくなりますのでコンデションが多少悪くても試合を強行せざるを得ない時もあるかと思います。ご理解とご協力をお願いします。
 アテネオリンピックの日本選手団が決まった。久しぶりにソフトボールの記事が紙上を賑わせた。

 日本ソフトボール協会は13日、主砲の宇津木麗華、エースの上野由岐子(ともに日立&ルネサス高崎)ら、アテネ五輪で金メダルを目指す代表15選手を発表した。
 主将を務める宇津木ら6人が、銀メダルを獲得した前回シドニー五輪の経験者。高山樹里(豊田自動織機)山路典子(太陽誘電)斎藤春香(日立ソフトウェア)の3人が3大会連続で代表となった。上野は初の代表。宇津木妙子監督は「内、外野とも守備を重視して選んだ。金メダルを目指して頑張る」と抱負を語った。
■ソフトボール:    ヘルニコ会場
競技場:Olympic Softball Stadium
競技日程:8月14-20日, 22-23日
観客収容数:4,606

 またオリンピックの話で恐縮だが、紀元前に行われた古代オリンピックは「女人禁制」だったそうだ。競技者はもちろん審判も観戦者も。近代オリンピックの第1回アテネ大会も、競技者は男性だけだった。女性に門戸が開かれたのは第2回パリ大会から。千人を超える参加選手のうち女性は1%強しかいなかった。百年後の前回シドニー大会は、女性選手の比率が38%にまで増えていた。開幕まで三カ月を切った二度目のアテネ五輪は、過去最高の40%台半ばになるとみられる。一歩先を行く国がある。日本だ。日本の五輪史上初めて女性が男性を上回ることが確実になった。団体球技での躍進が大きい。常連のソフトボールを始め、ホッケーが初出場を決め、サッカー、バレーボール、バスケットボールが復活した。女性の団体球技といえば東京五輪金メダルのバレーボールが浮かぶ。猛練習が可能にした回転レシーブで世界を驚かせた。「東洋の魔女」の異名を取った。奇跡と呼ばれた戦後復興をみんなで力を合わせて成し遂げたことを重ね合わせて、国民は応援した。女性が支える部分が多い今の日本の社会の縮図を見るようだ。がんばれニッポンの女性たち。その中でも金メタルに最も近い宇津木ジャパンに期待する。
 五輪で存続が危ぶまれていた野球が(ソフトーボールも)、4年後の北京五輪でも実施が確実になった。IОCのロゲ会長が、17日の夏季五輪国際競技連盟連合との合同会議で、五輪実施競技の変更は2012年夏季大会まで行わないと約束した。野球は欧州での競技人口が少なく、球場建設にばく大な費用がかかるため同会長は北京での削減対象として考えていた。日本にとってはメダルを狙う人気競技の存続は朗報である。リハビリを続けている日本代表・長嶋茂雄監督にとっても、何よりの励ましになろう。野球同様、削減対象にされていたソフトボールの関係者にとっても朗報である。
 「信なくば立たず」。小泉首相の座右の銘だそうだ。論語の中にある。孔子が政治の課題について弟子から質問を受けこの言葉を使っている。信頼がなければ政治は成り立たないという意味である。いま、政治に信があるのかと百人に聞くと、恐らく半数以上は「ノー」と答えるに違いない。 これほど評価が割れたものも珍しい。小泉首相の北朝鮮訪問。政党の反応も、いつもの与野党の常識とは違って見事に分かれた。「評価する」が自民、公明、共産、社民、「評価しない」が民主。ただ、自民の中にも「非常に不満。お粗末」という厳しい批判の声も。もっとも政治の話はスポーツには似合わない。
 「母の日」が5月の第2日曜日ということを知っている人は多い。が、「父の日」を正確に言える人は少ないのではないだろうか。正しくは6月の第3日曜日。母の日の提唱より約30年遅れの1940年、J・B・ドッド夫人が母の日に対して提唱したアメリカの年中行事で、日本でも普及しつつあるようだ。赤・白のカーネーションが付きものの母の日ほどではないが、ネクタイや酒類などを父親にプレゼントする風景が定着してきた。一家の大黒柱でありながら最近の父親の背中は少し寂しそうに見える。もっと元気出そうよお父さん。
 その点、ソフトボール大会に参加するお父さんは元気だ。いやいやおじいさんはもっと元気だ。
 5月26日