|
またもアメリカの厚い壁(世界選手権北京大会) |
|
| 愛知県ソフトボール協会尾張支部長 全尾張ソフトボール連絡協議会会長 岩田 満 |
|
|
女子世界選手権 最終日(5日、北京・豊台ソフトボール場)36年ぶり2度目の優勝を目指した日本は、決勝で米国に0−3で敗れ、2大会連続で準優勝に終わった。 今度こそと期待されたが、「がっかりとやっぱり」だった。アメリカの監督は「米国の強さはパワーだ。きょうのメンドサとバストスの2発を見ても分かるだろ」と豪語した。彼はパワーのない日本は永遠にアメリカには勝てないと言いたかったかも知れない。 帰国した日本の監督も選手もアメリカのパワーに負けたと認め、次の北京五輪までの課題として「アメリカに負けないパワーをつけること、投手を2枚に育てること」これがソフトボール競技独特のページシステムで、アメリカに2回とも勝つか、2回目に勝つための条件とした。 ただ、どちらも難しい課題には違いない。私たちソフトボールフアンからすれば、最初は勝ったじゃないかの思いもあるし、予選で勝って本選で負けたのはとても悔しい。しかし銀メタルなら立派な成績であることには間違いない。 この大会に勝つと36年ぶりだった。36年前は大阪で行なわれ今の長居競技場に仮設のグランドを設営して行なわれた。当時、女子社会人チームの監督であった私は今でも記憶に残る。全日本の監督は倉紡安城の山根重樹さんでチームは実業団と大学の混成チームだった。混成なるが故、各チームの監督からクレームがつき苦労されたそうだ。このとき百戦練磨の山根さんの取った作戦は、まず徹底的に守りぬくことと、次にバンドまたバンドそしてバンドで、ついにパワーのアメリカに勝った。当時アメリカは三振かホームランかで細かい作戦は皆無だった。 その4年後、トヨタ自動車を中心にチームを編成し(監督は鈴村利光さん)、アメリカへ遠征した。小さな大投手といわれた松村(記憶では)投手を擁し決勝では「パパーンとホームランを打たれそれで終わり」と聞いている(スコアーは0対3)。以後、日本は世界選手権もオリンピックでも一度も勝てない。 山根重樹さんは後にミキハウスの監督を勤められた(チームは解散したと聞いている)。6年前の50周年記念の日にお会いしたが、今でも元気だと思う。鈴村利光さんは現在も協会役員として活躍して見えます。 今年の8月はとても暑かった。尾張支部から全国大会に出場したチームはこの暑さに厳しい試合を強いられたが、それでも立派な成績を残しました(詳細はホームページで)。ただ社会人の場合は大会が土、日、月の3日間で行なわれるため最大6試合消化するというきわめて過酷なスケジュールをこなさなければならない。予選は毎日曜日でそれも2試合の条件ですので一人のピッチャーでもこなせるが真夏の全国大会はとても過酷だ。そうした過酷な条件をクリヤーしたチームが栄光に輝けることだろう。 県協会が財政難と聞く。いろいろ方策があろうと思うが、避けなければならないのは、安易な会費の値上げだ。まず徹底して歳出を今一度見直すことだ。細かいことは後の機会に譲るがまだ無駄な出費は必ずある。 次に歳入だ。会費の値上げなどは、誰でも考えられるもっとも安直な考えで、無理をすれば会員の理解は到底望めない。 事業収入を得る施策として興行収入がある。他のスポーツ団体ではこれが歳入のメインという恵まれた団体もある。ソフトボール競技で入場収入見込めるのは女子の日本リーグしかないが、残念ながら現在は下部組織の協会が運営され実績を上げている。虫のいい話だが、県協会がこれらの事業を関与し、県協会も努力、尽力し入場収入をさらに伸ばせるならまんざら出来ない話ではない。容易ではないが何かを考えなければ財政難から永久に抜け出せない。 |
|
| 2006年9月14日 | |