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| 第14回 (復刊7号) | |
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平成21年度の尾張支部審判部の総会・伝達講習会では、司会・設営準備と忙しく活躍されていた、平子尾張審判部事務局長に登場していただきます。この人(失礼、平子事務局長)はいうまでもなく、平成20・21年度の尾張支部審判部事務局長で、尾張地区の審判員の派遣・審判部の事業においての実務を担当されている大切な方です。ソフトボールの経歴は町内会(一宮市)の消防団員相互の親睦を図る目的で、組織された「小山119クラブ」に20代より所属され活躍されていました。地元ではイチイチキューで呼ばれています。このソフトクラブでの監督時代に、愛知県大会で3位になったことを誇りにされています。現在は審判活動が忙しく引退されています。ご本人からの報告ですが性格はまじめ、揉め事は嫌い、何事もまぁーまぁーで見過ごし、いつも反省しています。(ご謙遜)そして、平子さんの家庭を覗かせていただきました。職業は日本ガイシ(株)小牧製造所を定年され、継続勤務されています。ご結婚は昭和48年に同じ町内で奥様を見つけられ、跡継ぎ農家の奥様の方に惚れて行かれました。当時、町内では大変評判ではなかったかと推測されます。お子様は2人で既に結婚されています。趣味は家庭菜園(楽農)ならぬ機械化農業だそうですが田畑の管理と作付けは大変ですよ!審判部の裏方で一番大変な部署ですが、これからもソフトボール競技普及、協会、審判部のために頑張って下さい。 |
| 平子 博 尾張支部審判部事務局長 | |
| 審判歴 昭和62年:第3種公認審判員取得 平成元年:第2種公認審判員取得 平成 8年:第1種公認審判員取得 平成8年より地区幹事 平成14年〜19年 一宮市審判部長(指導委員) 平成20年 尾張支部審判部事務局長就任・尾張支部理事 |
事務局の職務について 事務局は審判組織活性化のために以下のことを心がけています。 1.県審判委員会とのパイプ役、できうる限り正確に伝達すること。 2.会議や指導委員会を活力ある会議にするため常に3役(正副指導委員長)との事前打ち合わせを行って、運営・報告を実施しています。(指導委員会は1回/月) 3.透明性と風通しの良い組織運営に心掛けています。 |
| 事務局についての感想 予想以上に大変な仕事ですが、やりがいがあり今年度も頑張ります。 |
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| 第13回(復刊6号) | |
| 記録のおしどり夫婦 | |
![]() 新年会での加藤夫妻 |
今年もよろしくお願いいたします。新年にあわせて和服の良く似合うこの人(郁子さん)とご主人(晃さん)を紹介します。県記録委員会指導委員・尾張支部事務局長の加藤郁子さんと夫の晃さんに登場していただきます。加藤夫妻は記録部でも評判の「おしどり」コンビで記録活動をされています。今回は郁子さんの記録へのきっかけから伺いました。そもそものきっかけはご主人の晃さんがアウトドア派で地域の交流のため女子チームを作り運動音痴の郁子さんも30代半ばからチームに参加され、今の県記録委員長の丹羽さんとの出会いがあって記録員の資格を取得されました。当時は記録の必要性が分かって貰えない時期で1日に5試合(スコアーの記帳)も一人で記録をしたこともあり、今では懐かしい思い出になっているそうです。一方のご主人、晃さんは子供が2人とも男の子だったので、最初は少年チームの監督、その次は女子チーム、更に男子チームの監督、そして選手と審判員を続けてきましたが65歳を境に記録に専念されているそうです。ご夫妻の二人の子供さんは既に結婚され今は二人だけの新婚気分の生活で各大会には二人で出かけることが多いそうです。特にスキーは今でも毎年1回は子供たちと出かけます。(ごちそうさま) これからの抱負 ご夫妻は記録員である限りソフトボール普及に若い人を育てるよう全力を注ぐということです。 これからも元気でグランドで活躍されることを期待します。 |
| 加藤夫妻の略歴 | |
| 昭和38年に結婚現在は北名古屋市に在住 | |
| 郁子さん 昭和59年記録2種取得 昭和62年記録1種取得 わかしゃち国体、1部リーグ、全日本小学生男子に参加、 平成18年尾張支部記録委員会事務局長就任 |
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| 晃さん 職歴:明電舎勤務定年後明電興産63歳まで勤務 審判員・昭和61年3種取得 趣味・スキー、カメラ、ちぎり絵 平成11年記録3種取得 平成13年記録2種取得 平成18年記録1種取得 | |
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| 第12回(復刊5号) | |
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夏の暑さも過ぎ早秋の深まりが来ようとしています。今回の「この人」は愛知県ソフトボール協会理事に今年度就任されました愛西市の梨本嵩巳さんに登場していただきます。愛車のフェァレディZでさっそうと大会会場に来られる姿はダンディなを持っておられる梨本さんのプロフィールをかねてソフトボールへの関わりを紹介させていただきます。梨本さんは某大手デパートを40数年勤務され、その間名古屋市、新川町(現清須市)、佐織町(現愛西市)と住居が変わりましたが昭和53年に佐織町に転入とともに地域のソフトボールチームに加入して毎週日曜日はソフトボールを楽しむ選手として過ごされています。現在もチームの監督として口と手振りで世話役をされています。時には、メンバーが不足してると選手(ライト・9番)として出場するとそんな時に限って打球がよく飛んできて飛球をやっとの思いで捕球すると一塁ランナーは悠々とタッチアップで2塁へ進塁してもチームメイトは「ナイスキャッチ」と褒めてくれてるそうです。(迷選手?)そして、ソフトボールと出会って30年「楽しく・愉快に」と合言葉としています。愛西市には県大学選手権大会が予定されています。これからも海部・津島地区の理事としてこれからも活躍されることを期待いたします。 |
| 梨本嵩巳氏の略歴 | |
| 生年月日 昭和21年7月2日生 出身地 新潟県上越市 平成3年11月 第2種公認審判員資格取得 平成17年愛西市発足と同時にソフトボール協会会長 就任 平成18年愛知県ソフトボール協会尾張支部理事 就任 平成20年愛知県ソフトボール協会理事 就任 |
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| ”HPを見ていただいている皆さんへ「この人〕への要望を受けますので是非推薦ください。”広報担当のアドレスは下記へ 野尻正己 mail : ja2gte@snpw.plala.or.jp | |
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| 第11回(復刊4号) | |
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今回の「この人」に江南市の石原吉光さんに登場していただきます。石原さんは現在愛知県ソフトボール協会尾張支部の理事、専門部の記録指導委員長です。尾張支部での各大会には記録長として来ていただいています。温和な性格で記録員の皆さんに親しまれています。家族構成としては奥様(英子さん)と子供3人です。お子さん達はすでに結婚されて独立されています。仕事は高校を卒業されて電電公社(現NTT)に入社されて一昨年に定年を迎えられ、現在グループ会社に継続勤務されています。石原さんのモットーは試合に関しては「記録の正確さ」を求めて一生懸命携わっていることです。そして、自分の生活では「あんばよう」過すことです。この言葉はは方言のようでありますが実際は「塩梅良く」という意味で何事も丁度良くと解釈しています。(筆者の独断)石原さんも筆者の高校の先輩で同じ体育系クラブで一緒に練習をさせていただきました。これからも記録部およびソフトボール競技普及のために頑張ってくださることを期待いたします。 |
| 石原吉光氏の略歴 | |
| 昭和57年 第2種公式記録員資格取得 昭和58年 江南市ソフトボール協会常任理事 江南市記録委員長就任 昭和62年 第1種公式記録員資格取得 平成2年 第3種公認審判員資格取得 平成6年 わかしゃち国体に記録員として出場 平成10年 愛知県ソフトボール協会尾張支部 記録委員長 全尾張評議委員会 理事 愛知県ソフトボール協会 評議員 愛知県ソフトボール協会 記録指導委員 江南市ソフトボール協会 監事 平成10年 第9回世界女子ソフトボール選手権大会 東海地区代表の日ソ派遣記録員として出場 | |
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| 第10回(復刊3号) | |
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今年度より尾張指導委員長に就任されました野田洋さんに登場していただきます。野田さんは3期尾張指導副委員長を勤められ今回の尾張支部審判部の総会にて指導委員長に就任されました。野田さんは審判部の人は各大会ではネット裏でじっと審判の判定や動作に対して見守っていました。時には言いにくいことや諸注意をまとめ役を指導委員長に代わって勤められてきました。野田新指導委員長の座右の銘は「和」だそうです。高校時代での簿記部にて和を重じチームワークを図り自己を高めてきたそうです。この「和」はお互いの主張を取り入れ全体の和を図る高めることです。審判については「常に基本に忠実にして初心の気構えにてに臨んでいただきたい」とのことです。 審判に専念するまでは一宮市の宮西地区九品寺クラブの投手として活躍されていました。 写真のように一見神経質に見えますが実は温和で他人の話を真剣に聞いていただける非常に優しい人格の人とうかがえました。たとえば今回取材をお願いしたら快く応じていただき審判部の中にも広報への情報提供協力に各地区への依頼を約束していただき広報担当として大変感謝申し上げています。新指導委員長にはこれからのご活躍と尾張の審判部が益々ご発展することを祈念致します。 |
| 野田洋さん 平成4年第1種審判員認定会に合格 日本リーグ、国体、全日本クラブ選手権、 中日本、東海大会等に審判員として出場 平成5年一宮協会理事就任 平成11年尾張審判部役員就任 平成14年尾張審判部副指導委員長就任 | |
| 第9回(復刊2号) | |
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新年明けましておめでとうございます。今年も頑張って取材します。今回から心機一転で担当いたしますが「この人」欄には協会役員の吉田日支雄さんに登場していただきます。 吉田さんは尾張協会の旧中島地区の理事を長く務めていただいています。今回の役員人事では尾張協会の副理事長になっていただきます。吉田さんは私的ではありますが高校の大先輩です。また、稲沢市役所に勤務時代では市役所ソフトクラブの監督を勤められ活躍されていました。そして、昭和51年に稲沢市ソフトボール協会設立に参画され、設立時に同協会副理事長に就任され平成7年同協会理事長に就任され今日に至っています。 吉田さんはこの間に審判及び公認指導者資格を取得されました。地元の大会はもとより尾張協会の大会には必ず出席されています。平成2年から愛知県ソフトボール協会理事。同尾張協会理事に就任。温厚で人当たりが良く裏方仕事も率先してこなされる姿は協会の模範となり次のような表彰を受けられています。 稲沢市体育協会表彰 愛知県体育協会表彰 愛知県ソフトボール協会役員功労賞 稲沢市公益功労賞 また、筆者が見た特技として大会の表彰状を毛筆で書かれることは大変達筆でした。伺ったところ役所時代に通信教育で習われたとのことでした。これからもソフトボール協会の普及発展のためにご尽力を発揮されることを期待いたします。 |
| 吉田日支雄さん | |
| 第8回(復刊1号) | |
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長い間この欄は休んでいましたが、この度復活することになりました。今回は亡くなられた石川厚さんの後任委員長野尻正己さんを紹介します。 野尻さんは稲沢市の出身で若い時から稲沢市のクラブチームに所属して選手として活躍してきました。その後、選手を兼ねながら公認審判に合格し、昭和62年には第1種公認審判員に合格し以来20年、全国大会を始め各種重要大会の協会推薦審判員として重責を果たしてきたベテラン審判員です。稲沢界隈や審判員仲間では知る人ぞ知る(知らない人はいない)有名な方です。それがなぜか石川厚(前任の広報委員長)さんに見込まれ、平成15年から広報委員にされてしまいました。 その当時から石川さんは病に犯され十分な活動が出来ない状態でしたが、代わって野尻さんが大会や催し物に来て写真やインタビューなどの広報活動をされてきました。色々なところで写真を撮り、インタビューされていますので皆さんもよくご存知と思います。パソコンのことなど素人同然でしたが、今ではインターネット、デジカメ、パソコン操作など実に多彩で、かつ堪能になられました。 不幸にして石川さんは亡くなられましたが、その後任として、この度広報委員長に推薦しました。今後はホームページを始め広報誌など委員長として幅広く活躍していただけるものと期待しております。皆様におかれましても、この広報活動には、なお一層のご協力とご尽力を賜りますよう御願い申しあげます。(文責、会長) |
| 野尻 正己さん 尾張支部広報委員長(石川厚さんの後任) 昭和22年生まれ60歳 職業 自営業(電子機器の設計製作) 趣味(ボランティア) アマチュア無線、写真、海釣り、愛知県防災ボランティア、コーディネーター | |
| 第7回 | |
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左 窪田 徹 (岐阜県揖斐郡生) 2種記録 65才 右 米山 実 (岐阜県土岐市生) 2種記録 60才家族 奥様 律恵さん |
| 今回登場いただく方は現在アメリカの野球界で大活躍しているイチロー選手の出身地である豊山町の紳士なお二人。お二人はとても仲良しで静かな方。俺たちより、もっと立派な方がたくさんおられますので・・・ いえいえ、県記録委員長さんはこうおっしゃっています。「いつもコツコツと文句一つ言わないで一生懸命やって下さる。記録員として貴重な存在のお二人。今後も大いに協力してもらえる事を期待してこういう方を盛り上げたい」 早速、取材に出かけました。無口かなと思っていると 時々ジョークが飛び出したりする。お二人を見ていると、とっても仲良しさんというのが垣間見える。こんなお二人の関係はいったいどうなっているのか気になって尋ねると、同じ地域、同じチーム・・ 肉体関係なし(爆) 無いんかい(あたりまえ笑) 記録員の資格を取るきっかけは?二人とも、ナイターリーグの後、飲みに行き、認定会を豊山でやるからと協会長と監督から、お二人に受けろと命令が下されたため。 ソフトボールに携わって 窪田さん20年、米山さん15年になるがソフトボールに関する忘れられない出来事は? 【窪田】 いつも9人目の選手だったが、1度だけホームランを打ったのは忘れられない。 【米山】 選手としては一軍半。お酒はゲコだったが、チームに入り記録員になって、一軍 【窪田】 選手は二軍、飲む時は一軍(笑)米山さんは飲むと寝てしまうが、カラオケの曲が流れると目をパッチリマイク離しません。(笑う)最近は一杯でも30万の罰金が施行されてからとんとカラオケも行っていない。残念だ・・・・・(チャンスを作って是非カラオケに行きましょ!!)記録に対して要望があればと聞いてみたが何も無し。寂しいなぁ・・・・・ 話をガラリと変えて、趣味は? 【窪田】 これから先、名もない、あまり知られていない所へカメラを持って出かけたい。(窪田さんったらロマンチストなのね) 苦手なもの。嫌いなもの。お二人共、ヘビとミミズ。ふいに出てくると飛び上がってしまうとの事。ご両人は共に血液型0。女性にやさしい。施しもするこんなにステキな紳士だが、短所もあります。強い主張をしない。諦めが早い(奥様をくどく時は、もちろん別(笑))増田協会長は、協会として 記録員として大切な人。これからの豊山町を任せたい人だ との事 。インタビューも無事終わり、小雨の中、帰路につきました。 | |
| 第5回 | |
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今回は、丹羽郡近辺に絶えず出没する女性を紹介しよう!その人の名は澤橋めり子さんです。先日6月5日にお伺いした記録委員と言うこともあって、県記録委員長の丹羽さんにも同行してもらう。車をこちらへと向かいの家に止める?めりちゃん、その家の物干しに自分の洗濯物を干している?何なのこの人は?やおら家に向かう。白い犬が狂犬病の様に吠える。色の黒い私を見て、アルカイダと間違えたのか!玄関に入る。また、犬だ。部屋に通される。また、犬だ。たくさん犬を飼っているんですね。いいえ、表のは、隣の犬なの。隣の犬がこんなに吠えるか!めりちゃんは洋裁が得意である。「これは私が作ったの」奥から背番号10番のユニホームを持ってきた。なかなかデザインが良い。いいですね。そうでしょう。18着作ったの!何者だこの人は!まだ得意なものがある。おだんご作りだ。そして花いじり。私も良いことばかり聞いていれないのである。欠点とか、苦手な物は?私は「人付き合いが苦手」その割には、愛想はいいですね。私は気が強いのですのヨ。「顔はニコニコ」。心は夜叉よ。血液型は、O型とか。今、ソフトボールにとっても生き甲斐を感じているとか。柳沢会長チームの主将である。何が苦手なものがあるでしょう。実はと言い出した。足が無くて動くもの。ヘビをみたらその場所を通らないとか。したがってうなぎも大嫌いである。お茶を呼ばれ、失礼いたしました。玄関へ、また、あのクソ犬だ。吠えて吠えて。良いとなりの番犬だ。近藤敬子さんと二人いれば、今後の大口町も安泰であるとか。柳沢会長も畠山理事長も絶賛とか。 |
| 澤橋めり子さん(鹿児島県川辺郡出身) 御主人は、次男(つぐお)さん 子供は男2人 大口町理事1種記録員・大口町女子チーム主将 | |
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| 第4回 | |
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今回の登場人物は、これぞ有名なお二人だ。一人は浅野明美さん。昭和四十年よりソフトボールを始める。特に一般女子の部で、一宮サニーズのキャプテン、監督として活動。当時、対豊田自動織機との決勝戦で2対1の惜敗。20日間程、姉さん女房である。現在は主人の店を手伝いながら、夜は自分の店を経営する肝っ玉母ちゃんだ!気風の良さは尾張一!もう一人は「親栄堂印舗」のご主人 浅野峰雲さん。別名 浅野栄次郎さんとも言う?この人は魚釣りが大好きだ。事務局の仕事の合間に、昼となく夜となく走っていく。いつも家族で出かけるそうだ。なかなかの腕前で釣り歴は幼稚園の頃から。 登園拒否だった本人を父親が魚釣りに連れて行っていたのがきっかけだそうだ。しかし、先日の事、孫がするめで60センチあまりの鯛を釣ったそうだ!それ以来頭が上がらないとか? 栄次郎さんの弱点を二つ紹介しよう。一つは蛇が大嫌い。嫌いというよりは怖いのである。大好きな釣りでも、川で釣るのはごめんだそうだ。そしてもう一つはカマキリ。これも嫌いというより怖いのである。昔 娘さんを強くしかった時、娘さんが庭からカマキリを捕まえ、栄次郎さんに投げつけたとき、怖くて怖くて驚いたとか。それ以来、背の方が縮みっぱなし。栄次郎さんのオヤジさんいわく「夫婦は共に歩きなさい」。何をするのも明美さんと栄次郎さんは共に進んでいるとか。 店の中はハンコが山ほど(当然か)。表に白いやさしそうなワン公。昨日釣り上げた鯛をお土産にいただき、お孫さんの見送りでバイバイ。家族は、娘1人、孫3人、息子1人である。 |
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左 | |
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| 第3回 | |
![]() けい子夫人と本人 |
今回はこの人 創刊号では鬼の瓦と失礼な事を書いてしまった大脇氏。 先日 お宅にお邪魔した。 ワン公に吠えられ家の中に・・・ おっと誰だ?!茶髪でスラッとした美人が 娘かな?! いや娘にしては少しおかしい なんと なんと奥様ではないか! 大脇氏の顔がグラウンドとは違うぞ 温厚で柔和で微笑みまでたたえて。よく聞いてみると 7歳も若い奥さま、とか。分かる気がする。 家族は娘一人、息子一人、孫三人、ワン公一匹。現在は ワン公と三人暮らし。 江南ソ協の「チーム名鑑」を作ったそうな。広告を集めた。 大脇氏は無類の酒好き。大脇氏が集めたのは飲み屋ばかりとか。 日頃の行動が こんな所に如実にあらわれている。 審判は ゛正義感を持って゛゛信頼感をもってもらう様にせよ゛とか!! 帰りに写真を一枚撮らせてもらった。けい子夫人、大脇氏よりも背が高いのでと、膝を折ってスナップに収まった。 帰りには ワン公の見送りで 失礼しました。 |
| 大脇敏之氏 61才 愛知県ソフトボール協会理事 尾張支部審判指導委員長 江南ソ協副会長兼審判部長 江南市古北支部理事長 |
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| 第2回 | |
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今回は、この人に登場していただこう。衣川良雄氏 である。青森県上北郡出身五男である。昭和三十三年 上京。現在娘一人、息子一人、孫一人。忘れていた! 女房一人。仕事はコンプレッサーの販売修理である。 そのためか、背丈のほうが圧縮されている。だが、額 の地所は最近広がりつつある。森林には伐採が進み、 植林も思うように進まない。お酒はまとめて飲むそう だ。土、日。後は禁酒。あけみ夫人いわく「まじめな 夫」欠点は「まじめすぎる事」とか。仲の良い夫婦で ある。健康を考え、家の中には、「ルームランナー」 「腹筋マシン」「自転車マシン」等々。夜は、60分 以上トレーニングをするそうな。やりすぎて、胴が足 にめり込む。また、縮む。今後も尾張そして津島市を 盛り上げてくれると思われる。 |
| 衣川良雄氏(青森県上北郡生) 尾張支部記録委員会顧問 津島市ソフトボール協会会長 津島市体育協会理事 津島市百島町在住(60歳) |
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| 第1回 | |
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今回は、声の大きい元気の良いオバチャンを取り上げ
紹介します。その人の名は、知る人ぞ知る丹羽米子。 能書きだけかと思うと、そうでもないらしい。もっと もっともっと若い頃は、師勝レモンズというチームに
所属しキャプテンをしていたらしい。そしてマネージャ ーになり、県民体育大会三年連続優勝したらしい。女 にしておくのはもったいない気がする。
そういえば清水の東海大学海洋センターに行ったとき、 見学途中で、二つのグループに分かれてしまった。サア、
もう一つのグループはどこへいったものかと、わからない。 そのとき、誰かが言った「シー・静かにして」。そうする
とどうでしょう。二階の方から、「ソオー、ソオー、ハッ ハハハハ。」と大きな声が。彼女を捜すには警察はいらな
い。あの大きな声を探せば良いとか!! 記録も自力で 勉強して合格、持ち前のがんばりで一種。そして役員。今
年からは愛知県記録委員長。大変なオバチャンである。ま た、オバチャンは犬と猫とカメが大好きある。追加家族は
、犬「良太」一匹、猫「アトム」「レオン」他四匹、カメ 二匹である。カメには名前がない。鍋島藩の化け猫屋敷と か?
本年度の彼女の指針は、「記録委員には暗い者が多い。 明るく楽しくスコアシートを書くこと。」であるとか。男 負けていられないのである!! |
| 丹羽米子さん(丹羽郡大口町生) 愛知県ソフトボール協会常務理事 愛知県記録委員会委員長 尾張支部副理事長 西春日井郡師勝町鹿田在住 |
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